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経過は省きますが、いま、感じていることは録音図書が最も私のニーズを満足してくれそうだということです。
私と録音図書との出会いは、音訳サービスJの新刊案内のメールに「本当は恐ろしいグリム童話」が載っていたことでした。
この図書についてはわが家の父権に関わる、ささやかな事件がありました。
当時中学3年だった娘が、学校の図書館で読んだのだが買ってほしい本があると言うので、何かと聞いたら「本当は恐ろしいグリム童話」だと言います。
そこで妻にたのんで買ってきたのですが、妻いわく、「この本の内容は中学生には不適当だ」と言うのです。
ところが私は活字が読めなくなってしまっているので、冒頭を家内に読んでもらうしかありませんでした。
私は、活字を読めなくなったことで自分が蚊帳(かや)の外にいると感じました。
そんなおりに音訳サービス・Jの新刊案内のメールをみつけ、早速問い合わせました。
残念ながら個人には販売していないとのことでしたが、千葉県立西部図書館に申し込んで、横浜市立中央図書館からの館間貸し出しで借りることができました。
「本当は恐ろしいグリム童話」の録音図書を聞いて感じたことをいくつか記しますと(内容については差し控えます)まず何よりありがたいのは、表紙や文中のさし絵、イラストの説明が入っていたことです。
また各テープの先頭に、読み始めた頁数が読みあげられていたことで進行状況の把握がしやすいようと感じられました。
朗読については私などの知りうるところではないのですが、臨場感というか、話の中に引きこまれていくのを感じました。
実は娘と一緒に聞いたのですが、娘はあまりの臨場感に本で読んだときと違ったこわさを感じたようでした。
こうして、家族の話題に加わることができ、私は、父親としての立場を保てるような気がしました。
娘は、今年高校に入学しました。
彼女の趣味が、読書と音楽ということになっていて、(マンガとカラオケだと信じている私の主張を本人は否定しています。)
気がつくと、机に文庫本を積み上げています。
私は、録音図書と出会ったことによって、読書をとおして共通の話題を持つことができるかもしれないと考えるようになりました。
Jから配信される「新刊案内」のなかに彼女が読んでいる本をみつけた時などはすぐに近くの図書館に申しこむといった具合です。
最近では、ベストセラーとなった「永遠の仔」で彼女との共通の読書をすることになりました。(ちなみに、この本は、娘の学校の図書館でも蔵書としていて、彼女は私より先に読み終えていて、また先を越されてしまいました)
「永遠の仔」は90分テープ29巻と、決して少ない巻数ではありませんでしたが、思わず聞き入ってしまい、時間が過ぎるのを忘れることもしばしばでした。
その後「永遠の仔」がテレビドラマになりましたが、ドラマを見ることが苦手な私は、放映された翌日に娘にあらすじを話してもらいました。
原作を読み(聞き)終えている私はあらすじを聞いただけでドラマを理解できることがうれしく、同時に録音図書での感動が思い出されます。
視覚障害者にとっての読書は知り得る範囲ではかなり限られているものの、対面朗読や、ボランティアによる録音図書、最近は電子媒体での音源などもさまざまあるようです。
私も性急な資料の判読が必要なおりなどはスキャナーと音声パソコンを利用しています。
しかし、Jの録音図書のように柔らかな肉声、流ちょうな朗読で聞くことのすばらしさは他に比べるものを知りません。
毎月の月末に電子メールで送られてくる「新刊案内」はとても楽しみです。
活字図書の売り上げ情報を一方で入手しておき、Jの「新刊案内」に読みたかった図書が載っていたら、すぐに地元の図書館で借用の手続きを取ります。
録音図書を利用したいと待っている人はたくさんいるので、手元に届くまでとても時間がかかる時もあるのですが、聞き始めると待ち時間の長さはすぐ忘れてしまいます。
視覚障害の進行につれて、情報源が狭められているという実感を抱くようになり、情報に対する執着はそれが自分の仕事に関わるかどうかは二の次として、とにかく自分で情報を欲しいと感じています。
そんな中で、録音図書を知り得たことは私にとって変えがたい経験になりました。
このような「質の良い録音図書」が図書館で借りることが出来ると言うことをもっともっとアッピールしたいと感じています。
上條 治夫さんの「アエラで広がる家族の話題」はこちらから
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