表紙説明にふくらむ期待

向後 和子
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私は、本や雑誌の表紙がどうなっているのか、いつも知りたくて たまらなくなります。
子供のころ弱視だったわたしは、本屋で1冊を手にするとまず表紙に目が吸い寄せられてその本にあこがれてゆきました。
単に郷愁かとも思われますが、あながちそうとばかりも言えないようにもおもわれるのです。
なぜなら、雑誌であればその時の一番の話題を表す人物や事物で表紙を飾り、書籍では内容の雰囲気を表現する絵や写真が配されているからです。

Jの音訳図書で、表紙の説明のされている本があります。
「ピーター・ラヴゼイ著「バースへの帰還(きかん)」では

「1枚の大きな写真のまんなかに、もう1枚の写真がかさねられています。
まず大きな写真はイギリスの通りを写したようです。(略)
一番手前の建物はカフェらしく看板が出ています。
店のまえにはまっしろな折り畳み式のいすと、まるいテーブルが出ています。(略)

私はこの説明をきいたとたん、もう心はイギリスのバースへと跳んでストーリーを待ちうけるのです。
もう1冊の宮部みゆき著「幻色江戸ごよみ」は

おもて表紙には白地に3枚のふだと二つのお手玉が置かれています。
右上に2枚、上のほうは十才くらいの寂しそうな顔の女の子の胸から上、夕焼け空がバックになっています。(略)
私はこの本を買ってきてガラス戸のついている本箱に入れておきたいなぁとおもいました。

音訳サービス・Jでは説明文の原稿をつくってから読んでくださっているとのこと。
そのおかげで、光の通らない雲のなかに立っているような私の眼前に鮮やかな映像がむすばれ、1冊の本を手にしたような気持になって読書欲が増してくるのです。
眼が見えないからこそ映像や色彩にあこがれ、そういう点からも表紙の説明は大切だと思います。

最後に、いまさらなのですが図書は知識のもと、これからは「点訳・音訳も ただただ訳して下さってありがとう」の時代はおわったように思います。
視覚障害者も考えるときが来ているのではないでしょうか。
 

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