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「横浜の音訳者が録音図書出版の会社をつくるらしい」という話を聞いたのは、たしか91年の秋のことでした。
ちょうどその時、横浜で「公共図書館で働く視覚障害職員の会」(通称なごや会)というグループの集まりがあって、私もそれに参加していたのです。
その時ボランティアとして参加されていた一人の音訳者が、自分たちの活動に対する思いを熱く語っていたのを今でも覚えています。
それが現在のJの代表の方でした。
そのニュースは、それまで何となく私の心の中にもやもやしていたものを、はっきりした「疑問」に変えてくれました。
つまり、「なぜ、図書館の点訳や音訳はボランティアが行うのか?」というものです。
図書館の視覚障害者サービスでは、利用者が通常の活字(墨字)による読書が困難であることから、点字やテープなど、その人が利用しやすい資料形態に変換する必要があります。
そして、その製作は、図書館自身が行うものとされ、そのことに、図書館もボランティアも、利用者である視覚障害者自身も、ほとんど何の疑問も抱いてこなかったのです。
ところが、これが、公共図書館においては障害者サービスへの取り組みの一種の障壁になっているとともに、点字図書館を含めた供給者側の変換(製作)した資料の質のばらつきの問題の原因ともなっていました。
点字図書館であれ、公共図書館であれ、視覚障害者に対してサービスを始めようとすると、まず、資料作りの担い手である「ボランティア」の養成から始めることになります。
それは、初級講習会から始まって、中級以降の講習へ進み、さらに多くの労力と時間をかけて、やっと資料づくりということになる訳ですが、実はこの工程は公共図書館にとって大変な負担になるのです。
福祉機関の一つである点字図書館ではこの‘工程’そのものが図書館の仕事であり、視覚障害者に対する社会全体の理解を深める、一種の啓蒙的な意味を果たしてきたとも言えます。
すなわち、図書館が講習会を開き、それを多くのボランティア志願者が受講する。
それによって視覚障害者に関連する技術や知識が社会全体に広まるというものです。
公共図書館でも、長年にわたってこうした点字図書館の手法にならってサービスを行ってきた訳です。
しかし、「視覚障害者の読書環境の改善」という立場に立つと、これは、必ずしも効率的なやり方とは言えないのではないでしょうか。
つまり、資料づくりの条件整備に追われ、音訳者の技術のレベルアップとその結果としての録音資料の質の向上をおろそかにしてきたとも考えられるからです。
もちろん、点字図書館、公共図書館を問わず、熱心な取り組みを行っている所も少なくありません。
また、この間、多くの優秀な音訳者も育ってきました。
したがって、録音資料の中にはすぐれた物も多く存在しているのです。
しかし、資料の全体を見た時、残念ながら、読み(聞き)づらい資料がまだまだたくさん存在し、依然として作られ続けているというのが現状なのです。
私は、けっしてボランティア活動としての音訳を否定している訳ではありません。
これまでこうしたボランティアの人たちが視覚障害者の情報環境をどれほど支えてきてくれたか、視覚障害者である私自身、よくわかっているつもりです。
墨字情報があふれかえっているこの社会の中で、いつも身近にいて、必要な時に気軽に録音を引き受けてくれるボランティアは、視覚障害者の自立生活にとって欠かすことのできない存在と言えます。
しかし、こうしたボランティアと図書館の資料づくりを行う人たちが同じ「ボランティア」という身分にあることが問題なのです。
一部の公共図書館では、音訳の作業を図書館の業務として位置づけ、こうした作業に報償金を支払うことで、一般的な「ボランティア」と区別し、名称も「協力者」などとしている所もあります。
しかし、これでもこうした技術者の身分保証としては十分とは言えないでしょう。
どれほど技術の向上を目指し、良い本を作ろうとしても「ボランティア」(あるいは、協力者)であるかぎり、その取り組みにはどうしても限界があるのです。
つまり、どんなに図書館や音訳者が努力しても、今の条件の下では、アクセントのミスや、漢字の誤読、著者の意図するところが伝わらないなど、作る資料の精度には限りがあるということです。
公的機関である公共図書館が実施するサービスであるかぎり、やはり提供する資料は正確で良質のものでなければならないはずです。
そして、そのことは、著者に対する責任をはたす意味からも重要なことなのです。
そこで、良質の資料、言いかえれば、聞きやすい資料を安定的に製作し、供給するためには、図書館から資料づくりの部門を切り放し、音訳を職業として位置づけた上で、専門機関として独立させるべきではないでしょうか。
その意味から、音訳サービスJの活動は重要であると言えるのです。>
「良質の録音資料」それは「音訳者」の存在を感じさせない録音資料であると私は考えます。
再生器のスイッチを入れ、読みが始まったと同時に、本の内容にすんなり入っていける、そんな資料が「良質の録音資料」と言えるのです。
Jの資料はこの意味において、まさしく「良質の録音資料」であり、音訳の“標準”(スタンダード)に成り得る資料なのです。
私がJの設立直後に期待したことは、J自身の成長はもちろん、この動きが波及し、同様の企業が全国に生まれることでした。
それによってプロフェッショナルとしての「音訳技術」が確立するとともに、良質の録音図書が流通するようになり、図書館が墨字資料と同様、録音図書を「購入」という形で収集できる環境が整うことになります。
しかし、現実にはマーケットが障害者サービスを実施している図書館に限られていることや、高い技術を持った音訳者の確保、著作権問題等、やはりそこには民間企業で録音図書出版を行うことの難しさもありました。
けれども、その地道な歩みは必ず私の“理想”を実現してくれるでしょう。
妥協することなく、さらに飛躍してくれることを信じています。
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