松井進さんと盲導犬アンドリューの写真。イスに腰かけたスーツ姿の松井さんのひざもとに、アンドリューが顔をすりよせています。 バリアフリー出版の新たな展開    

松井 進    

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   はじめに

 私は著者として、また視覚障害を持つ一読者としての立場から、どのようにしたら誰でもが不便を感じることなく読書を楽しめる本が出版できるかを日夜考え、2001年6月から過去3度にわたって「バリアフリー出版」を実践してきました。
 その後バリアフリー出版は、私の手を離れ多くの皆さんのご協力により新たな広がりを見せ始めましたのでこの紙面をお借りして少しご紹介させていただきたいと想います。
 なお今まで行ってきた活動につきましては、本誌に掲載されている誰でもが読みやすい本の出版をめざして(2001年10月上旬号)や、出版のユニバーサルデザイン化をめざして 〜「盲導犬ハンドブック」での取り組みを例に〜(2002年8月上旬号)、究極のバリアフリー出版をめざして!! 〜盲導犬アンドリューの一日」の取り組みを例に〜(2002年11月中旬号)にて詳しくご紹介しておりますのでそちらの方も併せてご参照いただければ幸いです。

   バリアフリー出版&出版のユニバーサルデザインとは

 「バリアフリー出版」とは、一般文字の本の出版にあわせ、大活字版・点字版・朗読テープ版・CD−ROM版・フロッピーディスク版等の多様な媒体を同時またはできる限り原本出版後速やかに出版する方法です。
 この出版形態により、子どもから大人、高齢者、いままで通常の方法による読書が困難とされてきた障害者でも、それぞれに適した方法で気軽に読書を楽しんでいただくことができるようになります。
 しかし現在1年間に出版される本の総タイトル数は約7万冊に上り、残念ながらすべての出版物をバリアフリー出版することは物理的に見てもとうてい不可能です。そこで以前の記事でもご紹介させていただきましたように、予め出版社と著者との間で交わされる契約書に、視覚障害者等通常の方法による読書の困難な方の読書に対応できるようにするため、点訳や音訳、大活字、フロッピーディスク、CD−ROM版の制作の希望があった場合には、商業出版や図書館の障害者サービスの別なく、速やかに著者及び出版社協議の上許諾する旨の文言を入れていただくことが「出版のユニバーサルデザイン」につながるのではないかと考えています。
 このように著者が事前に出版社からの許諾をとっておくことにより、制作の希望があった出版物について、速やかに他の媒体の制作ができるようになります。また最初からいろいろな読者の方を想定し、あらかじめ対処できるようにしておくことが、「出版のユニバーサルデザイン化」に繋がり、結果として著者や出版社・読者のそれぞれの利益にもつながるかと思います。

    バリアフリー出版の新たな展開

 平成14年10月、通販コンサルタントの若松透氏がお書きになった『こだわり通販道』(日本流通産業新聞社刊)が一般文字版・点訳版・朗読テープ版・DAISY版(CD−ROM)・大活字版の五媒体同時にバリアフリー出版されました。
 このこだわり通販道のバリアフリー出版では、今までのバリアフリー出版の枠組みとはことなり「名古屋盲人情報文化センター」という視覚障害者向けの情報提供施設が中心となり、大活字版はボランティアグループの視覚障碍者読書支援協会(BBA)が協力して実践されたそうです。
 価格については、点字版全2巻で7,500円(価格差補償制度利用の場合は原本価格1,400円)、テープ版はC90×4本で原本と同価格の1400円、DAISY版はCD−ROM1枚で原本と同価格の1,400円、大活字版は全2巻で個人は2,000円(送料込み)、団体は6,000円(送料込み)と個人向けについてはほぼ価格のバリアフリーも実践されています。
 点字図書館がバリアフリー出版を行う場合、企業が商業出版を行うのに比べ著作権許諾の作業も用意であり、点訳や音訳ボランティアの豊富な人材も活用できるため非常に優位だ方法だと思われます。
 また販売実績についてお教えいただいたところ、発売後三ヶ月に当たる2002年12月末時点で、点訳版が10セット、朗読テープ版が4セット、DAISY版が21枚、大活字版が3セットということで、一般の活字書とは比較すべくもありませんが、この世界での実績としては大変良い結果だったそうです。
 今後一カ所でも多くの点字図書館が「バリアフリー出版」を推進してくだされば、もっと多くの書籍が提供されることになり、視覚障害者の情報環境の改善にも効果が大きいと思います。

    自由利用マークについて

 平成15年2月から文化庁が中心となり、書籍やホームページの複製物の利用について予め著者がその利用範囲について表明するための「自由利用マーク」が制定されました。
 筆者が調べた範囲では、2003年4月末時点でこのマークが付けられている書籍は残念ながら発見することができませんでしたが、ホームページ上に付けられている事例がいくつかありました。
 平成15年1月25日付けのY新聞や、A新聞の記事を読む範囲では、書籍というよりはどちらかというとホームページに適用されるマークのように報道されていますが、実際にはこのマークは、著作権者があらかじめアクセス権を表明できるようにするのが目的であり、ホームページにのみ利用が限定されている訳ではないようです。
 実際に文化審議会著作権分科会契約・流通小委員会の議事録(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/014/021204.htm)を読むと、ホームページの他書籍や雑誌を含めた広い意味の「著作権」を想定しているようです。
 制定されたマークの種類について文化庁のHPを見ると、「完全自由利用マーク」、「そのまま無料提供利用マーク」、「障害者向け利用マーク」、「学校教育での利用マーク」の4種類が用意されています。
 バリアフリー出版ともっとも関係の深い「障害者向け利用マーク」の摘要範囲となる障害者の定義は、「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者(てんかん及び自閉症を有する者並びに難病に起因する身体又は精神上の障害を有する者であって長期にわたり生活上の支障がある者を含む)」(障害者基本法第2条でいう「障害者」)となっています。
 2月上旬から文化庁のHP上でこのマークの配布をはじめていますが、この4種類のマークがどの程度のホームページや書籍、雑誌などに適用されるかはまだ未知数です。
 視覚障害者向けに音訳版の図書を政策する場合、著作権者の許諾が必要となりますが、ほとんどの著作権者は福祉目的の複製活動に理解を示し、許諾をしてくださいます。
 ですからはじめから本に上記のような「福祉目的の著作権一部開放」の趣旨が明記されていれば、煩雑な手続きが改善されるので、その本が出版された段階ですぐに録音図書や大活字版が作成できるようになり、利用者は出版後速やかに本を読めるようになるのです。
 今までにも視覚障害者向けの朗読テープ化や大活字化について事前許諾を表明するための「EYEマーク運動」が民間の「EYEマーク・音声訳推進協議会」を中心に過去10年に渡り実践されて来ましたが、文化庁が呼びかけてこのような取り組みをしてくだされば、その波及効果もより大きく、社会に広がっていってくれると思います。
 そしてこの「自由利用マーク」がホームページだけでなく、今後出版される1冊でも多くの書籍や雑誌に付けられるようになっていってくれるよう心から願っています。

    点字図書館等を中心にしたバリアフリー出版への試み

 平成15年4月から約2年間をかけ、「とどけ!未来のすべての冒険者(子ども)たちへ 井出孫六が選んだ15歳までに読んでおきたい少年少女文学100選」と題されたバリアフリー出版が実践されています。(2003年4月末時点で10タイトルが出版)  この試みは、「子ども読書の日」におくる、5媒体完全バリアフリー出版!!と副題が付けられ、直木賞作家の井出孫六さんが選定した100冊の本について点字(普通サイズ・Lサイズ)、録音(カセットテープ・DAISY)、大活字版の3種類5媒体を製作することで、誰にでも読むことができる「完全なバリアフリー出版」を目指しているそうです。
 このバリアフリー出版は「情報障害者」と言われる視覚障害を持つ子どもの笑顔の応援団となりたいと考えた視覚障害者向け情報提供施設が井出孫六さんのご協力を得て始められた取り組みで、今年新たに設けられた「子ども読書の日」に100選の第1弾として以下の10タイトルを完成したそうです。
 1・井出孫六 八月十五日ぼくはナイフをすてた、2・樋口一葉 たけくらべ、3・森鴎外 山椒大夫、4・小泉八雲(平井呈一訳) 耳なし芳一のはなし、5・国木田独歩 忘れえぬ人々、6・野上弥生子 海神丸、7・志賀直哉 小僧の神様、8・島崎藤村 千曲川スケッチ、9・芥川龍之介 蜜柑、10・宇野浩二 春を告げる鳥
 このバリアフリー出版の試みが実践された「子ども読書の日」である4月23日は、国際的にもユネスコの「世界本の日」や「サン・ジョルディの日」に当たるそうです。そして日本でも「子ども読書の日」として、2002年8月に閣議決定された「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」の理念であるすべての子どもたちが機会・場所を問わず自主的に読書活動ができるよう積極的な環境整備を推進するものとして選ばれた日だということでした。
 また今回のような日本各地の施設が合同してこの夢のバリアフリー出版を実現することは、視覚障害者情報提供施設の世界では初めての試みだということです。
 各媒体の協力施設は、点字版が(社福)日本ライトハウス 盲人情報文化センター、(社福)桜雲会、(社福)岐阜アソシア 視覚障害者生活情報センターぎふ、(社福)名古屋ライトハウス 名古屋盲人情報文化センターの4施設です。録音版とDAISY版は、(社福)日本ライトハウス 盲人情報文化センターと(社福)名古屋ライトハウス 名古屋盲人情報文化センターの2施設が担当し、大活字版は視覚障碍者読書支援協会(BBA)が協力して実践しているそうです。
 このように全国にある点字図書館やボランティアグループが一致団結して「バリアフリー出版」が推進されれば、今後それだけ沢山の本が出版できることになるため本当にすばらしいことだと思います。そして今回の4施設1団体だけでなく、全国約100ヶ所に上る点字図書館や、約30ヶ所ある点字出版所等にもこのような出版への試みが波及していってくれることを切望しています。
 なお今回バリアフリー出版された点訳版や朗読テープ版等の各媒体の価格はいずれも2,500円で、原本と比べて弱冠高めに設定されているようですが、充分個人でも購入可能な範囲ですのでほぼ価格のバリアフリーも実践されていると思います。
 ただ今回のバリアフリー出版の取り組みで惜しむ楽は、実践されている書籍が新刊書ではなく、いずれもかなり以前に発行されている作品群であるということです。今回の「15歳までに読んでおきたい少年少女文学100選」という企画の主旨からしてしかたのないことなのかもしれませんが、できれば今後新刊書についても上記のような形で取り組んでいっていただければと願っています。

    バリアフリー出版の実践例

 平成15年4月末時点でバリアフリー出版が実践されていることを筆者が把握している書籍は以下のとおりです。
第1弾…松井進著「二人五脚 〜盲導犬クリナムと歩んだ7年の記録〜」
  (原本:実業之日本社刊)
  5媒体…一般文字・大活字・点訳・音訳・マルチメディアDAISY
第2弾…サブリエ・テンバーケン著 平井吉夫訳「わが道はチベットに通ず 〜盲目のドイツ人女子学生とラサの子供たち〜」(原本:風雲舎刊)
  4媒体…一般文字・点訳・音訳・マルチメディアDAISY
第3弾…鎌田明彦著「夫婦創姓論 ―選択性夫婦別姓に代わるもう一つの提案―」
  (原本:マイブック社刊、星雲社発売)
  4媒体…一般文字・点訳・音訳・マルチメディアDAISY
第4弾…菅野芳亘著「紅衣少女 −12億分の1の出会い− 中国国画界の巨匠、顧生岳教授を求めて」(原本:新風書房刊)
  5媒体…一般文字・大活字・点訳・音訳・マルチメディアDAISY
第5弾…松井進著「盲導犬ハンドブック」(原本:文藝春秋刊)
  4媒体…一般文字・点訳・音訳・マルチメディアDAISY
第6弾…若松透著 「こだわり通販道」 (原本:日本流通産業新聞社刊)
  5媒体…一般文字・大活字・点訳・音訳・DAISY
第7弾…松井進作/鈴木びんこ絵 「盲導犬アンドリューの一日」(原本:ポトス出版刊)
  6媒体…一般文字・大活字・点訳・音訳・マルチメディアDAISY・フロッピーディスク
第8弾…井出孫六 八月十五日ぼくはナイフをすてた
    樋口一葉 たけくらべ
    森鴎外 山椒大夫
    小泉八雲(平井呈一訳) 耳なし芳一のはなし
    国木田独歩 忘れえぬ人々
    野上弥生子 海神丸
    志賀直哉 小僧の神様
    島崎藤村 千曲川スケッチ
    芥川龍之介 蜜柑
    宇野浩二 春を告げる鳥
  3種類(5媒体)…点訳(普通サイズ・Lサイズ)・音訳・DAISY・大活字

    終わりに

 「バリアフリー出版」は、私たち通常の方法による読書の困難な障害者の悲願でした。そしてこの2年間、バリアフリー出版が何とか途切れることなく次々に実践されていることは、本当に幸いなことだと心から感謝いたしております。
 また文化庁が制定した「自由利用マーク」は、バリアフリー出版に新たな可能性を与えてくれたともいえるでしょう。
 今後はプロの作家の方がお書きになった新刊書について「バリアフリー出版」が実践できれば、より社会的な影響力もあり意義があるのではないかと考えております。
 今後も一人でも多くの著者や出版社の方が、視覚障害者等通常の方法による読書の困難な障害者の読書について、より一層のご理解とご協力をしてくださり、バリアフリーな出版形態が当たり前になってくれる時代がくることを願ってやみません。
 最後になりましたが、今まで「バリアフリー出版」を実現するにあたり、障害者等の利用について一定の理解を示してくださり、二次出版の許可と協力をしてくださった原本の出版社と著者の皆さん、そしてこのバリアフリー出版に継続的に快く協力してくださっている関係施設・関係各社の皆さんに心から感謝しています。
 今後この記事を読んでくださった著者の方や出版社の方が、「バリアフリー出版」にご協力いただけるようでしたら、是非直接下記の所にご連絡いただければ幸いです。

(参考)バリアフリー出版に関する問い合わせ窓口一覧
点訳版…(有)オフィスリエゾン
   〒610-0121 京都府城陽市寺田市ノ久保2−63
   0774-56-3907
音訳版(朗読テープ)…(株)音訳サービス・J
   〒221-0057 神奈川県横浜市神奈川区青木町1−10−702
   045-441-1674
マルチメディアDAISY版…(有)デージーコンサルティング
   〒460-0013 名古屋市中区上前津二丁目1番27号 堀井ビル2F
   052-350-5330
大活字版(商業出版)…(株)大活字
   〒101-0061 東京都千代田区三崎町1−1−9 三崎町ビル3F
   03-5282-4361
大活字版(ボランティア)…視覚障碍者読書支援協会(BBA)
   〒193-0802 東京都八王子市犬目町455-9
   070-5100-8038 FAX:0426-24-4514
フロッピーディスク版…(有)グーテンベルク21
   〒156-0043 東京都世田谷区松原1-2-17
   03-3327-3917
点訳版・朗読テープ版・DAISY版(施設)…名古屋盲人情報文化センター
    情報文化サービス部
   〒455−0013 愛知県名古屋市港区港陽1-1-65
   рO52−654−4521

(この原稿は「出版ニュースの6月上旬号」より転載しました。)


 

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