松井進さんと盲導犬アンドリューの写真。イスに腰かけたスーツ姿の松井さんのひざもとに、アンドリューが顔をすりよせています。 出版のユニバーサルデザイン化をめざして   
 〜「盲導犬ハンドブック」での取り 組みを例に〜


松井 進    
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 はじめに私は昨年拙著「二人五脚 〜盲導犬クリナムと歩んだ7年の記録〜」(実業之日本社刊)を基に、一般文字版の出版に併せ点訳版・音訳版(朗読テープ)・大活字版・マルチメディアDAISY版(CD−ROM)の五媒体による「日本初のバリアフリー同時出版」を実践したものです。そしてこのたび二冊目の著書「盲導犬ハンドブック」(文藝春秋刊)について、著者の立場から著作権許諾への新たな取り組みを実践いたしましたのでこの紙面をお借りして少しご紹介させていただきたいと思います。
 なおバリアフリー出版については、すでに本誌2001年10月上旬号の「誰 でもが読みやすい本の出版をめざして」にて詳しく既報させていただいておりま すので、そちらの方も併せてご参照いただければ幸いです。
 このたび発行いたしました「盲導犬ハンドブック」については、カラー写真や 地図、表等を多用したため、日程的に残念ながら前回のような同時出版は実現で きませんでしたが、このたび関係各社のご協力を頂き「バリアフリー出版第5弾」 として点訳版・音訳版(朗読テープ・マルチメディアDAISY版(CD−ROM)を 七月末に発行いたしました。また将来的には是非大活字版についても何らかの形 で出版できればと願っております。

    盲導犬ハンドブックの概要
 本書は視覚障害を持つ使用者と盲導犬がどのようにして交差点や階段、駅等を 利用しているかを文章とその具体的な様子の写真入りでご紹介している他、日本 での盲導犬育成の歴史や法律、実働数等資料集的な要素も盛り込んでいます。ま た最近成立した「身体障害者補助犬法案」についても詳しく解説しています。
 盲導犬関係の書籍は拙著も含めこれまでにもいろいろ発行されて来ております が、そのほとんどが使用者の体験談や美談が多く、今まで盲導犬の仕事について 客観的に解説した資料集的な本が発行されて来ませんでした。しかし最近では小 ・中学校等での総合的学習の時間の導入等、より調べ学習に適した本が必要とさ れているように感じます。また視覚障害者に対しても今まで盲導犬の具体的な仕 事内容や実働数、繁殖犬数、協会の職員数等の育成側の総合的な情報が提供され て来ていませんでした。
 私が実際盲導犬と一緒に町中を歩いていると、毎日のように「犬が言葉をすべ て理解しているのですか!」とか「犬に住所を伝えるとそこにつれていってくれ るのですか!」と真剣に聞かれたり、「盲導犬の食事は何をあたえているのです か?」とか「盲導犬の排泄はどのようにしているのですか?」と同じような質問 ばかりをよく受けます。このほか、「盲導犬はストレスが多く長生きできないの よ!」とか、「盲導犬を持つためにはすごくお金がかかるのよ!」等、皆いかに も自分が盲導犬についてさも詳しいように、まことしやかに話しているのをよく 聞かされます。もちろん盲導犬に対し関心が高いことは歓迎すべきことだと思う のですが、そろそろ偉い犬を脱し、事実をお知らせしていく取り組みも大切なの ではないかと考え本書をまとめました。

    バリアフリー出版とは
 一般的に出版というと通常の活字による46版やA5版等の紙媒体による本を 思い浮かべる方が多いと思いますが、私たち視覚障害者にとっては残念ながらそ のままの状態では読むことができません。そのため点字や録音テープによる出版 が必要となります。また最近では高齢者や弱視者向けの大活字出版や、パソコン を使用した読書に対応したマルチメディア出版等、出版形態も多様化しつつあり ます。そこで「視覚障害者を含む通常の方法による読書の困難な方」の多用な  ニーズに対応できる出版形態が「バリアフリー出版」なのではないかと考えまし た。
 より多用なメディアによる出版形態であれば、私のような視覚障害者はもちろ ん、子どもから大人、高齢者、いままで通常の方法による読書が困難とされてき た重度の身体障害者や学習障害者、知的障害者の方でも、それぞれに適した方法 で気軽に読書を楽しんで貰えるのではないか!と考えたのが「バリアフリー出版 の具現化」だったのです。

    バリアフリー出版の実践例
 平成14年7月末時点でバリアフリー出版が実践されている書籍は以下のとお りです。
 第1弾…松井進著「二人五脚 〜盲導犬クリナムと歩んだ7年の記録〜」(原 本:実業之日本社刊)
 第2弾…サブリエ・テンバーケン著 平井吉夫訳 「わが道はチベットに通ず 〜 盲目のドイツ人女子学生とラサの子供たち〜」(原本:風雲舎刊)
 第3弾…鎌田明彦著「夫婦創姓論 ―選択性夫婦別姓に代わるもう一つの提案 ―」(原本:マイブック社刊、星雲社発売)
 第4弾…菅野芳亘著「紅衣少女 −12億分の1の出会い− 中国国画界の巨匠、 顧生岳教授を求めて」(原本:新風書房刊)
 第5弾…松井進著「盲導犬ハンドブック」(原本:文藝春秋刊)の5タイトル です。
 そのうちバリアフリー出版第1弾と第4弾については、一般文字版・大活字版 ・点訳版・音訳版(朗読テープ)・マルチメディアDAISY版(CD−ROM)の5 媒体同時のバリアフリー出版でした。また第2弾と第3弾、第5弾については、 大活字版を除く各媒体について原本発行後、それぞれバリアフリー出版を実践し ました。

    バリアフリー出版の結果
 上記でもご紹介しましたが、私が実業之日本社から出版した「二人五脚」のバ リアフリー出版の結果について手前味噌ながら少しご紹介させていただきたいと 思います。正直バリアフリー出版を実現するに当たり、まず一番に原本の出版元 が心配するのが、他の媒体を制作することにより、原本の売り上げに影響がある のではないかということです。やはり出版社側の心配として、点字のように確実 に視覚障害者のみが使用する媒体であれば原本と競合しないため問題ないものの、 音訳版(朗読テープ)やマルチメディアDAISY版、大活字版を出版することで、一 般の方が一般文字の本を買わずに他の媒体を購入してしまうのではないかという 懸念があるのです。一般的にバリアフリー出版を実現するためには、出版社の2 次出版の許可を取る必要があるのですが、この説得には皮肉にも一般文字の本に 比べ他の媒体が価格的にかなり高価になってしまう実状(二人五脚では、一般文 字版1,500円、点訳版15,000円、音訳版13,500円、大活字版9, 000円、マルチメディアDAISY版4,769円)や、今までに制作された他の本 の売り上げ状況からいかに売れないかを説明し、健常者の方があえて他の媒体を 購入する可能性はほとんどないことをお話しし説得する必要がありました。
 私が初めて実践したバリアフリー出版の、4カ月後(2001年10月時点) の結果をご紹介すると、二人五脚の一般文字版の初版は、5,500部で、すで に重版されています。他の媒体では、点字版で37セット、音訳版(朗読テープ) で61セット、マルチメディアDAISY版(CDデジタル録音図書)で60枚程度、 もっとも売り上げの多い大活字版でも200セット程度に過ぎません。一般文字 版の数に比べれば、実に二桁以上違うのです。この結果でも点訳版や音訳版の世 界では充分ベストセラーなのですから、一般文字版の全く脅威になることなどあ りえません。それどころか、バリアフリー出版を行うことで互いに共同で宣伝で きるメリットや、マスコミ等でも取り上げていただける可能性も広がるわけです から、プラスに働くことはあってもデメリットはあまり無いと思います。

    現行法内での著作権問題
 私はバリアフリー出版を実践した自らの経験から、著者や出版社側に「通常の 方法による読書の困難な方」への理解さえあれば、出版のバリアフリー化は充分 に実現可能だと考えています。また一般的に著者の方は、健常者や障害者の別な く、多くの方に著書を読んでいただきたいと考えておられることかと思いますの で、その意味からも方法さえ確立されれば、バリアフリー出版の推進は今後も充 分可能です。
 ただそこで問題になるのが、現行法内での著作権許諾の問題です。それは私の ような視覚障害者が本を読みたいと考えた場合、一般に点字図書館や公共図書館 に制作や貸出のリクエストを出したり、ときには専門の出版社に制作について検 討を依頼したりしています。点訳の場合、著作権法第37条の(点字による複製 等)の項で「公表された著作物は、盲人用の点字により複製することができる。」 とあり、著作権許諾の作業なくすぐに制作に入ることができます。しかし、音訳 については、同じ著作権法第37条の2項で「点字図書館その他の盲人の福祉の 増進を目的とする施設で制令で定めるものにおいては、もっぱら盲人向けの貸出 の用に供するために、公表された著作物を録音することができる。」とあるため、 点字図書館が音訳図書を制作する場合のみ例外的に著作権許諾が必要ありません が、公共図書館やボランティア、会社等が音訳や大活字、DAISY版の資料を制作す る場合には、一般の2次出版のルールにもとづき著作権者の許諾が必要です。ま して現状の著作権法内での例外規定の範囲とされている利用者は、視覚障害者の みに限定されており、その他の読書に障害のある方たちには利用できない状況に あります。

    出版のユニバーサルデザイン化への取り組み
 バリアフリー出版のような商業出版と、公共図書館における障害者サービス用 の許諾では若干の違いがあるかもしれませんが、上記でもご紹介したように各媒 体を制作するためには、まだ超えなければならない著作権法の課題や問題点が多 くあるのが実状です。また年間約7万タイトルに上る出版物のすべてをバリアフ リー出版することは物理的にもとうていできませんし、上記の実践例でもご紹介 したように、正直他の媒体を作製しても採算ベースになる程の売り上げには繋が らないのが実状です。
 現在一般的に出版社と著者との間で交わされる契約書には、映画化や翻訳版の 発行、放送やデジタル化に対応するため、「二次的使用」についての文言がある ようですが、私がこのたび出版社との間に交わした契約書には、視覚障害者等通 常の方法による読書の困難な方に対応するため、点訳や音訳、大活字やマルチメ ディアDAISY版の制作の希望があった場合には、商業出版や図書館の障害者サービ スの別なく、速やかに著者及び出版社協議の上許諾する旨の文言を入れていただ きました。そして実際、原本発行後にバリアフリー出版を実践しておられる関係 各社に原本を読んでいただき、他の媒体の制作についてご協力いただけるかどう かを打診しご判断いただきました。
 このように契約書にあらかじめ「出版のユニバーサルデザイン化」に対応する ための条項を設けておくことにより、著作権許諾の作業が大幅に簡略化すること ができました。
 また今回のもう一つの取り組みとして、印刷で使用したパソコンのデータ(M S−DOS形式のテキストファイル)を、事前に印刷所から提供を受け、各媒体 制作時に提供する旨の文言を入れていただきました。出版で使用したテキストフ ァイルを提供することにより、コンピュータを利用しての自動点訳や、マルチメ ディアDAISY版、大活字版の制作作業も大幅に省力化でき、制作時間短縮にも繋が ります。もちろんパソコンのデータによる提供を受けなくても、他の媒体を制作 することは物理的には不可能ではありませんが、OCR(光学式文字読み取り装 置)やワープロ等による手入力は、時間もかかり、あまり効率的な方法とはいえ ません。
 このようにすべての出版物をバリアフリー出版することはできないにせよ、著 者が事前に出版社からの許諾をとっておくことにより、制作の希望があった出版 物について、速やかに他の媒体の制作ができるようになります。また最初からい ろいろな読者の方を想定し、あらかじめ対処できるようにしておくことが、「出 版のユニバーサルデザイン化」に繋がるのだと思います。また現在いろいろなマ ルチメディア出版について研究されて来ていますが、できるだけ通常の方法によ る読書の困難な障害者にも速やかに利用できるようなアクセシビリティーの高い 媒体について制作できるようにしていくことは、「ユニバーサルデザイン」の理 念にも充分かなう取り組みだと思います。

    おわりに
 バリアフリー出版に変わる、出版のユニバーサルデザイン化とは、著者と出版 社が交わす出版契約書の中にあらかじめ「バリアフリーな出版形態に対応できる ようにするための具体的な条項」をいれておいていただけるようにすることです。 事前にこのような対応をしておくことで、視覚障害者等通常の方法による読書の 困難な方が本を読みたいと考えた場合でもより速やかに対応できると思います。 またそのことは、結果として著者や出版社・読者のそれぞれの利益にもつながる かと思います。
 前述の通り現状の著作権法では、許諾の作業に多大な時間と労力が取られてし まい、視覚障害者等が本を読みたいと考えた場合どうしても3カ月から半年程度 の歳月がかかってしまいます。また最終的に著者や出版社の許諾が得られなけれ ば、どんなにすばらしい本、ベストセラーになっている本でも制作自体行えない ことになってしまうのです。ですから「バリアフリー出版」や「出版のユニバー サルデザイン化」を実践するためには、著者の理解と出版社の協力が不可欠なの です。
 そのような意味では、上記の例でご紹介した著者や出版社が、障害者等の読書 について一定の理解を示してくださり、二次出版の許可と協力をしてくださった ことは特出すべきことであり、本当に感謝いたしております。またバリアフリー 出版の試みに対し快くお引き受けくださり、継続的にご協力してくださっている 関係各社の皆さんにも心から感謝いたしております。そして今後もバリアフリー 出版や出版のユニバーサルデザイン化の試みが増えていき、このような出版形態 が当たり前になってくれる時代がくることを心から願っています。  今後も一人でも多くの著者や出版社の方が、視覚障害者等通常の方法による読 書の困難な障害者への読書について、より一層の理解とご協力をしてくださるこ とを心から願っています。そしてもしこの原稿を読んでくださった著者の方や出 版社の方が、「バリアフリー出版」にご協力いただけるようでしたら、是非直接 文末の関係各社の方にご連絡いただければ幸いです。

    バリアフリー出版関係問い合わせ窓口一覧
点訳版…(有)オフィスリエゾン 0774-56-3907
音訳版(朗読テープ)…(株)音訳サービス・J 045-441-1674
大活字版…(株)大活字 03-5282-4361
マルチメディアDAISY版…NPOひなぎく(制作、販売は上記大活字) 052-3 50-5332

(この原稿は「出版ニュース」(洋泉社発行)8月上旬号より転載しました。)


 

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