著作権許諾への新たな提案
−「盲導犬ハンドブック」での取り組みを例に−
松井 進
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はじめに
私は昨年拙著
『二人五脚〜盲導犬 クリナムと歩んだ7年の記録〜』
( 実業之日本社刊)を基に,一般文字 版の出版に併せ,点訳版・音訳版( 朗読テープ)・大活字版・マルチメ ディアDAISY版の5媒体による「バ リアフリー同時出版」を実践しまし た。そしてこのたび2冊目の著書『 盲導犬ハンドブック』(文藝春秋刊 )について,著者の立場から著作権 許諾への新たな取り組みを実践いた しましたのでこの誌面をお借りして 少しご紹介させていただきたいと思 います。
なお,バリアフリー出版の概要と その結果については,すでに本誌(図書館雑誌)2001年10月号および12月号の「北から 南から」欄にて詳しくご紹介させて いただいておりますので,そちらの 方も併せてご参照いただければ幸い です。
『盲導犬ハンドブック』のバリアフ リー出版について
このたび発行いたしました
『盲導 犬ハンドブック』
については,カラ ー写真や地図,表等を多用したため ,日程的に残念ながら前回のような 同時出版は実現できませんでしたが ,このたび関係各社のご協力を頂き 「バリアフリー出版第5弾」として 点訳版・音訳版(朗読テープ)・マ ルチメディアDAISY版を2002年8月 から発売しています。また将来的に は,ぜひ大活字版についても何らか の形で出版できればと願っておりま す。
私はバリアフリー同時出版を行っ た経験から,著者や出版社側に「通 常の方法による読書の困難な方の読 書」への理解さえあれば,出版のバ リアフリー化は十分に実現可能だと 考えています。また一般的に著者の 方は,健常者や障害者の別なく,多 くの方に著書を読んでいただきたい と考えておられることかと思います ので,その方法さえ確立されれば, バリアフリー出版の推進は今後も可 能かと思います。
現行法内での著作権問題
バリアフリー出版や図書館サービ スで通常の方法による読書の困難な 方に利用可能な媒体を制作するにあ たり問題になるのが,著作権許諾の 方法です。
図書館における著作権問題につい ては,すでに本誌2002年5月号・6 月号の特集にて詳しく紹介されてい ますが,実際通常の方法による読書 の困難な方向けに,現行の著作権法 の範囲内で各媒体を制作する場合, 著者の立場から何ができるのかが私 の今回の課題だと考えました。
それは私のような視覚障害者が本 を読みたいと考えた場合,一般に点 字図書館や公共図書館に制作や貸出 のリクエストを出します。点訳の場 合,著作権法第37条1項(点字によ る複製等)の項で「公表された著作 物は,点字により複製することがで きる」とあり,すぐに制作作業に入 ることができます。しかし,音訳に ついては,同法第37条3項で「点字 図書館その他の視覚障害者の福祉の 増進を目的とする施設で政令で定め るものにおいては,専ら視覚障害者 向けの貸出しの用に供するために, 公表された著作物を録音することが できる」とあるため,点字図書館が 音訳図書を制作する場合のみ例外的 に著作権許諾が必要ありませんが, 公共図書館やボランティア,企業等 が音訳や大活字,DAISY版の資料を 制作する場合には,一般の2次出版 のルールにもとづき著作権者の許諾 が必要です。さらに,現行の著作権 法で例外規定の対象とされている利 用者は,視覚障害者のみに限定され ており,その他の読書に障害のある 方たちには利用できない状況にあり ます。
バリアフリー出版のような商業出 版と,図書館における障害者サービ ス用の許諾方法では若干の違いがあ るかと思いますが,各媒体を制作す るためには,まだ越えなければなら ない著作権法の課題や問題点が多く あるのが実状です。
『盲導犬ハンドブック』における事 前許諾の取り組み
上記の問題を解決するため私は, 著者でもあり,利用者でもある立場 から,事前に出版社に対し,拙著に ついて点訳や音訳,大活字やマルチ メディアDAISY版の制作の希望があ った場合には,商業出版や図書館の 障害者サービスの別なく,著者およ び出版社協議の上許諾する旨の文言 を契約書に入れていただきました。 また本文中で使用した写真や図版・ 地図などの転載物についても,各媒 体制作時に使用できるように事前許 諾を得ておきました。
この記載により,著作権許諾の作 業が大幅に簡略化できるとともに, 出版で使用したテキストファイルを 提供することができるため,コンピ ュータを利用しての自動点訳や,マ ルチメディアDAISY版や大活字版の 制作作業も大幅に省力化でき,制作 時間も短縮することができます。
現在一般的に出版社と著者との間 で交わされる契約書には,以下の例 の1.のような映画化や翻訳版の発行 や,2.の例のようなデジタル化に対 応するため,「二次的使用」につい ての文言があるようですが,私がこ のたび出版社との間に交わした契約 書には,3.のように「視覚障害者等 通常の方法による読書の困難な人向 け」に対し,以下のように具体的に 明記していただきました。
* * *
第○条(二次的使用)
1.本契約有効期間中に,本著作物が翻訳・映画・放送・その他二次的に使用するために第三者よりその旨の申込みがあった場合,甲および乙は,いずれかの相手方に通知をするものとし,その処理および取り扱いについて協議をし決定する。
2.本契約有効期間中に,第三者から本著作物をデジタル化する旨の申込みがあった場合,甲および乙は,いずれかの相手方に通知をするものとし,その処理および取り扱いについて協議をし決定する。
3.甲および乙は,前2項にかかわらず本著作物を基とした視覚障害者等通常の方法による読書の困難な人向けの下記の利用については,甲は事前に文書による乙の承諾のもとに,次の利用をすることができるものと合意する。
@「点字本」および「コンピュータ・ソフトを利用した点訳」。
A第1条により設定された乙の出版権にかかわらず,甲は「大活字本」「DAISYシステムによるCD-ROM」「朗読テープ(CDを含む)」を本著作物の二次出版として出版することができる。ただし,大活字本に関しては,本著作物が発行されてから6ヶ月を経過した後の発行とする。
B前号により甲が二次出版する場合は,その発行の様態および発行部数等について甲は乙にその詳細を通知するとともに,甲と乙との出版権使用の条件について協議するものとする。
※注…甲=著者・乙=出版社
* * *
このように著者が事前に出版社か らの許諾をとっておくことで,ほか の媒体の制作が非常に容易になりま す。
図書館の障害者サービスにおける著 作権許諾の先進例
上記は主に著者側で行っておいた 方がいい「事前許諾の方法」につい てご紹介してきましたが,図書館の 障害者サービスでの許諾の例につい ても少し触れておきたいと思います 。
以下の一文は先駆的に障害者サー ビスに取り組んでいる某公共図書館 で採用予定の許諾依頼文です。
* * *
さて,当○図書館では普通の出版物のままでは利用できない方々(目の不自由な人,いわゆる寝たきりの人,重度の肢体不自由者等)に対して,希望された作品を録音資料にして無料で貸出しております。
つきましては,下記の作品について,利用者の方より希望が出されましたので,障害者用録音資料にすることについて,ぜひご了解いただきたくお願い申し上げます。
また,現在当館の障害者用録音資料は,カセットテープと障害者用DAISY(デイジー)図書(囲み欄参照)との2形態で制作しております。
なお,録音された資料は,上述の障害者等を対象としており,一般の方々の利用には供しません。また,制作は図書館保存用マスターと貸出用の二つとし,その他の複製は一切行いません(許諾依頼文より一部抜粋)。
* * *
上記のような許諾の申請方法によ り,音訳版(朗読テープ)や音声の みのDAISY版の資料については問題 なく制作できるようになりますし, 利用者も視覚障害者に限定すること なく,通常の方法による読書の困難 な方へと対象者を広げることができ ます。
今後の著作権許諾の課題
上記のような許諾の申請方法でも まだ残念ながら解決できない問題も 残ります。それは,このままの状態 では出版に使用したテキストファイ ルの提供が受けられないということ です。テキストファイルの提供を受 けることにより,大活字版はもちろ ん,音声のDAISYだけでなくマルチ メディアDAISY版の制作が容易に行 えるようになります。また点訳版に ついても自動点訳ソフトを使用する ことにより,制作時間の短縮にもつ ながります。もちろんOCR(光学式 文字読みとり装置)の利用や,場合 によってはワープロ等による手入力 も可能ですが,制作時間もかかりあ まり現実的な方法とはいえません。 ただテキストファイルの提供につい ては,著者だけでなく,どうしても 原本の出版社や場合によっては印刷 所の協力も必要となるほか,出版権 に関わる可能性もあり,そう簡単に は解決できない問題です。
おわりに
今回は拙著『盲導犬ハンドブック 』で行った事前許諾の方法について ご紹介させていただきました。著作 権問題解決のためには,従来から行 われているアイマーク推進運動や障 害者放送協議会等のいくつかの活動 もありますが,今回の事例のように 著者の方に事前許諾をとっておいて いただけるように働きかける方法も 大変有用だと思います。 今後も一人でも多くの著者や出版 社の方が,視覚障害者等通常の方法 による読書の困難な障害者への読書 について,より一層の理解とご協力 をしてくださることを心から願って います。そして私のこのたびの小さな取り組みが「バリアフリー社会の実現」への一助となれれば幸いです。
(この原稿は「図書館雑誌」(日本図書館協会発行)2002年9月号コラム「北から南から」より転載しました。)