下の息子たちが小学校に入学したのを機に音訳をはじめて二十年あまりもたちました。自分で驚いてしまいます。たいして上達しないまま二十年以上も同じことを続けてこられた理由は、ただひとつ、好きだからです。
たくさんの本にめぐり合いました。一見簡単そうに思われる本がとても手ごわかったり、難しそうに見える本が、やはりしっかり難しかったり。たった一冊の本も、理解するのはとても大変なこと、というのも実感です。
姿は見えないけれどマイクの向こうで聞いてくださっている方々に、自然な声で、書かれている
ことを曲げずにそのまま届けられるように、わかりやすく読む。これが目標ですが、目の前にはいつも高いハードルがあり、それを何とかクリアしたと思うと、その先に高いハードルが厳しい顔をして待っていてくれる。いまだにこの続きですが、だから充実感も味わえると思っています。
ほかに楽しみは、植物とピッピという名の飼い犬です。今の季節は、庭に出るとまず梅やパンジー、ビオラのやさしい香りがして、ふっと肩の力が抜けます。沈丁花の爽やかな香りは身も心も清めてくれるような気がします。ピッピに話しかけながら、昨年秋に植えたチューリップ、ラッパ水仙、その他の球根類が芽を出しはじめたのを嬉しい気持でながめ、花がらや枯れた葉を取り除いたり、水遣りするのが大好きです。
ピッピは私にいつもついてまわります。料理をしているときはキッチンの床に伏せていて、ときどき落したものの匂いをかいだり、時には食べたり。ソファに坐るといそいそと隣りに来て膝に寄りかかって居眠り。録音中はおとなしく椅子の横に伏せていて、眠くなるとゴロリと横になって眠ります。以前、怒っているセリフをその気になって読んでいたら、すごすごと部屋を出ていきました。庭でピッピと一緒にすごすだけで何よりリラックスできるので、私は安上がりな人間だと思います。実はこれが案外、家での音訳には大切なことなのです。
音訳中は、まわりの音にとても神経を使います。飛行機、ポトポトとゆっくり飛んでなかなか行ってしまわないヘリコプター、バイク、テーマ音楽や大声のアナウンスを繰り返してまわる灯油や野菜売りのトラック等々の、自分の努力ではどうすることもできないこれらの雑音。静まるのをひたすら待ちながらの音訳は、気分的には音と闘っているようで、録音中はきっと鬼のような顔をしていることでしょう。でも、音訳を終え狭い庭に出ると、身も心もほぐれていきます。わざわざ温泉に出かけなくてもすぐリラックスできるのですから、家で録音するには向いています。
元気でずっと音訳が続けられたらいいな、と思っています。
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