我が家の洗面所には「アエラ」専用再生機があって、身繕いのお供を日々務めています。時には単調な家事を助けてもくれる愛い奴で、私の場合、「アエラ」と云えばテープ版のことなのです。 音訳を始めて10年程、仕事と思えるようになってからはまだ数年でしょうか、いずれにしてもその初めから、生活の中に「アエラ」がありました。その立場から痛感するのは、テープを一度も止めずに聞き終えることの難しさ。そういうテープを作ることの難しさです。もともと目で読む活字表現だから無理もないのですが、耳で聞くための処理、つまり音訳が的確でないと、ごく簡単なことが伝わらないこともあります。その上「アエラ」は、写真・図表等を駆使したグラフ誌。音訳者自らが説明を加える場面が多々あります。聞き手の頭の中のスクリーンにそれらを再生すべく頑張る訳ですが、時にはピントをはずすことも。限られた時間内に、時代の息吹をビジュアルに表現した誌面を、どこまでありのままに伝えることができるか。確かに厳しい条件ですが、逆にこの緊張感が「アエラ」音訳の魅力かもしれません。
この混迷の時代、自分の道を自分自身で切り拓いていく、「アエラ」はそんな人々が手に取る雑誌の一つではないでしょうか。音訳という橋を架けることで、新たに書き手と聞き手が繋がる。より多様な人々に広がっていく、その手応え、時代を生きる共感が好きです。そして、こんな積み重ねの先に夢見るのは、「アエラ」に限らずテープ版の出版物が墨字本と同時に出る日が来ること。それは、誰もが選べることのできる、テープ版の一般化です。 「通勤・通学・家事・家業 etc. 老後の楽しみにもテープ版○○を!」こんなことが普通になる日を楽しみに、音訳という仕事、まだまだこれからだぞという気持ちで続けていきたいと思っています。(Jだより第2号−1998年2月発行−より転載)
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