「太助は殺されたっていうんだ」と、久兵衛が言った。
台所の向こうの座敷の行灯の明かりを背負い、その顔は真っ暗だった。
息を呑んでお徳がお露をのぞきこむと、彼女はゆっくりと、焦点の定まらない目を土間の上に泳がせたまま、操られるようにしてうなずいた。
「兄さんは殺されたんです」
「誰が殺したっていうの」
「殺し屋が」と、お露は言った。教えこまれた言葉をそらんじるような一本調子の口調だった。
「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」
そうして、ぶるぶると震え始めた。開いたままのお露の目から涙がぼとぼとこぼれ落ちるのを、お徳は呆然(ぼうぜん)と見つめていた。
(本書「殺し屋」より抜粋)
江戸下町の長屋に起きた殺人事件。その事件をきっかけに、長屋から、一人、また一人と住人が消えていく。
連続する事件の裏に何があるのか・・・
連作短編集かと思いきや、それが伏線となり、いつのまにか謎解きの長編へといざなわれています。
宮部ファンお待ちかねの直木賞受賞後第一作は、個性的な登場人物が魅力の、長編時代ミステリー。
「宮部みゆきにハズレなし」待たされただけのことはある、当たりの一冊。
(音訳:林 理絵子)
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